3月11日

この日が巡ってくるのが怖かった。
新しい年を迎えて …2月 …3月。
気がつけば 肩に腕に力が入っていて 上半身がガチガチに凝っていた。
胃に重いものがたまっているような 胸に何かが詰まっているような。
歯を食いしばって 毎日をやり過ごす。

たくさんの生命が 暮らしが 営みが 奪われたあの日。
哀しみが 慟哭が 押し寄せてくる。

3月11日 朝。
1年前のこの時間
Sさんは いつもどおりに職場である小学校へ向かった
Tさんのご両親は 朝食をとっていた
きっとそうだろう。

私は 1年後の同じ時間 パレードに向かう準備をしている。
Sさんが生きていたら 子どもたちを守るために 立ち上がっていたにちがいないと思うから。
Tさんに「私は1周忌の法要に行くけどがんばって」と思いを託されたから。

200名もの人が集まったパレード。
笑顔も 音楽も 叫びも
みんな みんな 哀しい。
それでも生きていこう。
それでも希望をもちたい。
贖罪の行進。

それぞれが 
それぞれの
哀しみを抱えて迎える3月11日。

Sさん 今日の私を どこかで見ていてくれましたか?





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